概要
多発性筋炎(Polymyositis: PM)と皮膚筋炎(Dermatomyositis: DM)は、主に太ももや二の腕などの「体の中心に近い筋肉(四肢近位筋)」、体幹、首の筋肉に持続的な炎症を引き起こし、筋肉の痛みや筋力低下をもたらす炎症性筋疾患です。特徴的な皮膚症状を伴わない場合を多発性筋炎、特定の皮膚症状を伴う場合を皮膚筋炎と分類します。
皮膚筋炎の中には、筋力低下がほとんど見られず、皮膚症状が主な症例も存在し、これらは「筋無症候性皮膚筋炎(Clinically Amyopathic DM: CADM)」と呼ばれています。特にCADMの患者さんで「抗MDA5抗体」という特定の抗体が陽性の場合、治療が難しい「急速進行性間質性肺炎」を高い確率で合併することが知られており、注意深い経過観察が必要です。
この病気の根本的な原因は、免疫機能の異常に深く関連しています。自分の体を病原体などから守るべき免疫システムが、何らかの理由で誤って自身の筋肉や皮膚の組織を攻撃してしまうことで炎症が起こります。患者さんの血液からは、「筋炎特異的自己抗体(Myositis-Specific Autoantibodies: MSAs)」と呼ばれる特殊な抗体が見つかることがあります。これらの抗体は、多発性筋炎や皮膚筋炎に特異性が高く、関節症状、筋症状、皮膚症状、肺合併症、さらには悪性腫瘍(がん)の併発など、特定の症状や合併症と強く関連していることが分かっています。これらの抗体の種類を特定することは、医師が患者さん一人ひとりの病気のタイプをより詳細に理解し、将来的にどのような症状や合併症が現れる可能性があるかを見通すための重要な手がかりとなります。
多発性筋炎および皮膚筋炎は、女性に多く発症する傾向があり、男女比はおおよそ1:2〜3とされています。発症はあらゆる年齢層で見られますが、特徴的な二峰性の分布を示します。具体的には、小児期(5〜9歳頃)と成人期(40歳前後、特に50歳代)に発症のピークが見られます。
症状
多発性筋炎・皮膚筋炎の症状は多岐にわたりますが、主に全身症状、筋肉の症状、皮膚の症状に分けられます。
全身症状
発熱、全身倦怠感、疲れやすい(易疲労感)、食欲不振、体重減少などが現れることがあります。これらの症状は他の慢性炎症性疾患でも見られるため、多発性筋炎・皮膚筋炎に特異的なものではありません。
筋肉の症状
多くの患者さんで、体幹筋や四肢近位筋(太もも、二の腕、首、肩など、体の中心に近い筋肉)に重点を置いた筋力低下が観察されます。この筋力低下は、ゆっくりと発症し、徐々に進行することが多いです。日常生活においては、腕に力が入らず髪を整えるのが難しい、洗濯物を干すのがつらい、太ももに力が入らず階段を上ったり座った状態から立ち上がったりするのが難しい、首に力が入らず頭を枕から持ち上げにくいといった具体的な影響が出ることがあります。特に注意が必要なのは、喉の筋肉(咽頭筋)の筋力低下によって引き起こされる「嚥下困難」、つまり食べ物を飲み込みにくくなる症状です。嚥下困難は、誤って食べ物や唾液が気管に入ってしまう「誤嚥」や、最悪の場合「窒息死」の原因となる可能性があるため、非常に重要な合併症として認識されています。病気が進行すると、筋肉がやせ細る「筋萎縮」を伴うこともあります。
皮膚の症状(皮膚筋炎に特徴的)
皮膚筋炎の患者さんには、診断の手がかりとなる特徴的な皮膚症状が現れます。
ヘリオトロープ疹
上まぶたに現れる、むくみを伴った赤紫色の発疹です。色調が目立たず、まぶたのむくみだけを呈することもあります。 (図1)
ゴットロン徴候/丘疹
手指の指の関節や手の甲の関節部分に好発する、がさがさとして盛り上がった赤い発疹です。肘や膝などの四肢の関節背面にも見られることがあります (図2) 。
その他の皮疹
首から胸にかけてV字型に現れる「V徴候」や、肩から上背部にかけて現れる「ショール徴候」と呼ばれる赤紫色の斑、爪の周りがほんのり赤くなる「爪囲紅斑」などがあります。
レイノー現象
約30%の患者さんに見られる症状で、寒さやストレスによって手足の指先が白く冷たくなる現象です。しかし、強皮症のように皮膚潰瘍や指先の壊死に進行することはほとんどありません。
間質性肺炎
肺に炎症が起こり、肺が硬くなる病気です。この合併症は、患者さんの生命予後を左右する重要な要因となります。特に、急速に進行するタイプの間質性肺炎は、呼吸困難を引き起こし、呼吸不全に至る可能性があるため、早期の発見と治療が極めて重要です。
心筋炎
心臓の筋肉に炎症を起こし、不整脈や心不全などの心臓の症状が見られることがあります。
その他
悪性腫瘍(がん)
一般の人々と比較して、一部の患者さんで悪性腫瘍を合併しやすいとされています。このため、定期的ながん検診を必ず受けることが、早期発見と治療のために非常に重要です。
検査
多発性筋炎・皮膚筋炎の診断は、患者さんの症状、医師による診察、血液検査、画像検査、そして必要に応じて筋肉の一部を採取する筋生検など、複数の情報を「総合的に評価」して行われます。
診察
患者さんの筋力低下の程度や皮膚症状の有無を詳しく診察します。
血液検査
筋肉の損傷を示す酵素(クレアチンキナーゼ(CK)、アルドラーゼなど)の数値が高いかを確認します。また、病気に特徴的な自己抗体(筋炎特異的自己抗体:MSAs)の有無を調べることも、診断の重要な手がかりとなります。
画像検査
筋肉の炎症の広がりを把握するためにMRI検査が行われることがあります。また、間質性肺炎や悪性腫瘍の合併がないかを確認するためには、CT画像検査なども行われます。
筋生検
筋肉の一部を採取し、顕微鏡で組織の状態を詳しく調べる筋生検は、最終的な診断を確定するために行われることがあります。
通常、病気が疑われた際には、入院して詳細な検査が行われることが多いです。これは、短期間で多角的な検査を効率的に進め、正確な診断を迅速に行うためです。
診断
問診で症状を詳しくお伺いし、診察で筋力や皮膚の状態を確認します。診断は厚生労働省(2015年改訂)の基準に基づいて行います (表1)。
項目 |
1. 皮膚症状:ヘリオトロープ疹またはゴットロン徴候またはゴットロン丘疹 |
2. 上肢または下肢の近位筋の筋力低下 |
3. 筋肉の自発痛または把握痛 |
4. CKまたはアルドラーゼの上昇 |
5. 筋炎を示す筋電図変化 |
6. 関節炎・関節痛 |
7. 全身性炎症(発熱、CRP, 血沈の亢進) |
8. 抗ARS抗体(抗Jo-1抗体を含む) |
9. 筋生検 |
診断 |
皮膚筋炎: 1と2から9の項目中4項目以上 皮膚症状のみで皮膚病理学的所見が皮膚筋炎に合致するものは無筋炎性皮膚筋炎とする |
多発性筋炎: 2から9の項目中4項目以上 |
鑑別疾患 感染による筋炎、薬剤・内分泌異常に基づくミオパチー、筋ジストロフィー、先天性筋疾患、他の皮膚疾患 |
治療
治療の中心は、炎症を抑えるための薬物療法です。患者さんの症状や病状に合わせて、最適な治療法を選択します。
グルココルチコイド(ステロイド)
炎症や免疫の働きを抑える、この病気の治療の中心となるお薬です。最初は多めに投与し、症状が改善するにつれて徐々に量を減らしていきます。
免疫抑制剤
ステロイド剤の効果が不十分な場合や、ステロイドの量を減らしたい場合などに、ステロイドと併用して用いられます。タクロリムスやシクロホスファミドなどが使われます。
ガンマグロブリン大量療法
筋炎が重症の場合に検討されます。
リハビリテーション
薬物療法と並行して、筋力の回復や維持、日常生活動作の改善を目指してリハビリテーションを行います。
悪性腫瘍を合併している場合は、その治療も同時に行われます。
当クリニックの取り組み
当クリニックでは、患者さんの病状を適切に把握し、それぞれに最適な治療を提供します。
診察の結果、外来での治療が困難な重症であると判断された場合は、患者様の安全と最善の治療を考慮し、大学病院などの適切な高度医療機関へ速やかにご紹介いたします。これにより、専門的な設備と知識を持つ医療機関で、より高度な治療を受けていただくことが可能になります。
一方で、外来での治療が可能と判断された病状については、当クリニックが責任を持って治療にあたります。患者さんの症状やライフスタイルに合わせた治療計画を立て、安心して治療を受けていただけるよう、きめ細やかなサポートを提供してまいります。
生活上の注意
多発性筋炎・皮膚筋炎の患者さんが快適に日常生活を送るために、いくつかの注意点があります。
- 十分な安静と休養
疲れを感じたら無理をせず、十分に休息をとることが大切です。睡眠も十分にとりましょう。 - 感染症予防
免疫を抑える薬を使用している場合、感染症にかかりやすくなることがあります。手洗いやうがい、マスクの着用など、一般的な感染予防を心がけましょう。 - 食事
ステロイド剤を使用している場合、食欲が増すことや、生活習慣病、骨粗しょう症等のリスクが高まることがあります。バランスの取れた食事を心がけ、必要に応じて栄養士の指導を受けることも有効です。 - 定期的な受診と検査
病状の安定を保ち、合併症の早期発見のためにも、定期的にクリニックを受診し、検査を受けることが非常に大切です。
ご不明な点やご心配なことがございましたら、お気軽に当クリニックの医師やスタッフにご相談ください。私たちは、患者様一人ひとりに寄り添い、最適な治療とサポートを提供できるよう努めてまいります。